手塚治虫が考えた100年後の宝塚
「ぼくの かんがえた さいきょうの ○○」
というネットフレーズが流行したのはいつのことだったでしょう。
何の生産性もない、しょーもない機能を持つマシンや魔法呪文を妄想・発想することをヤジる(時に自虐する)ためのフレーズです。
しかし、この非現実な妄想で多くの人にロマンや、夢や、楽しみを与えた人もいます。
漫画家・手塚治虫です。
彼にとっての
「ぼくの かんがえた さいきょうの みらいロボット」が鉄腕アトムであり
「ぼくの かんがえた さいきょうの おいしゃさん」がブラック・ジャックなのはもう、言うまでもないでしょう。
さて、その手塚治虫は、初恋の人がタカラジェンヌで、家が伝説のタカラジェンヌ・天津乙女の隣だったこともあるという生粋のヅカファンです。「リボンの騎士」なんてのは、もう主題が宝塚になってしまっているほど。だからやっぱり存在していました。「ぼくの かんがえた さいきょうの たからづか」が。
彼は昭和22年6月20日発行「宝塚グラフ復刊第3号」に、「T党3人娘 百年後の宝塚見物」という1見開きのイラストを寄稿しています。未来の宝塚歌劇を楽しんでいる女子3人組が登場し、そこにちょっとしたコメントを添えています。昭和22年(1947年)から100年後だから2047年ですね。手塚治虫が想像した2047年の宝塚を覗いてみたいと思います。今その世界が達成されているものや、手塚治虫の想像以上に発展しているもの、おそらく実現不可能なものがあって興味深いですよ。
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.桜のトンネル 大温室ですから1年中咲きます。
イラストでは、3人組の女の子が桜並木の下をくぐって入場しています。どうやら桜は昭和22年に植樹された模様。大劇場へ向かう「花の道」が温室になっている設定で、桜は年中咲くとのこと。管理が大変そうですね。
2.切符の横流しはゼッタイにありません。
今はチケットを購入する際にネットや電話を駆使しますが、昔は並んでチケットを取っていたので、チケット売り場のお姉さんによる「良い席のチケット横流し」が問題になっていたのでしょう。手塚治虫はチケット売り場のお姉さんをロボットにすることで、どの人にも公平に席が分配される仕組みを導入しています。この場合、「関係者席」は横流しの対象になるんでしょうかね?
3.すべりこみで、お化粧のヒマもないときは、このアナへアタマをお入れください。
「自動化粧器」と書かれた看板が設置され、その近くの壁には顔よりも一回り大きい穴が開いています。そして、穴に向かって顔を突っ込んでいる女性の姿が。この穴へ顔を突っ込むと素早く自動で化粧をしてくれるようです。確かに観劇するときは、洋服やら化粧に気合いを入れたいですもんね。出掛ける前って妙に時間がないから、お化粧がその穴で済ませられるのはありがたい。でもその機械頼みの化粧が全然気に入らなかったらどうするんでしょう。「私、チークは入れない主義なのに!」みたいな人や「アイシャドーの色が古くさすぎるんですけど!」みたいな人は利用を控えて早起きしましょう。
4.場内へはこのすべり台で。
ロビーから客席への入口はなく、番号が振られた穴が開いています。この穴から滑って客席へと向かうスタイルが導入されていました。
5.ドアを開けるために場内へ光が入るという心配はない
なぜ4(すべり台スタイル)が導入されたかという理由が判明しました。たしかに上演中にドアを開け閉めされると気が散るというか、舞台に集中できないですもんね。ところで、入場はすべり台ですけど、2階席の人、入口へ辿り着くためにめっちゃ階段登らないといけませんね。だって座席よりも高い位置にすべり台がないと滑れないですし。そして退場に光は関係ないから、普通にドアから出るんでしょうか。なんか微妙な案ですね。
6.自動オーケストラで開幕
これは録音でやるんじゃなくて、楽器に演奏を記録させとくスタイル。大劇場のロビーにあるグランドピアノと一緒。私、これはヤだな。多少トチってもいいから、オケはちゃんとオケであってほしい。
7.2人も3人も座ることを防ぐ仕掛け(下が自動バネ)
私は見たことないんですけど、昔は席の重複が問題になったんですかね。チケット代ケチって1つの席を友達同士でシェアして座っているイラストつきです。でも、下がバネになってるから、2人座っている席は重くて上へ上がらないの。他の席は1人ずつ座っているので、ある程度の軽さがあって上へ浮いています。つまり、2人以上座ると席が沈んで劇が見えないわけです。ナイスアイデア!って言いたいところだけど、今この問題は特に起きてないと思うので実現しないでしょう。つうか、席がバネだとゆらゆらして集中できんわ!そっちのが問題だわ!
8.背景はぜんぶ天然色立体映画
つまり、3D映像やプロジェクションマッピングが導入されている、ということ。これ、ある程度正解じゃないですか。ちなみに私は、背景に映像導入するの好きじゃないんですよね。今の技術で導入しても映像が浮いていて気持ちが冷めるだけだし、大道具美術や背景美術を眺めるのが好きなので。イラストのレビューのタイトルは「グランドショー 宇宙への幻想」でした。壮大だからこれは観たいぞ、藤井先生に頼むしかないな。
9.切符を買えなかった人々へサーヴィス
広場に大きなテレビジョンが設けられ、そこへたくさんの人が集まっています。今上演している作品が、テレビの前で、リアルタイムで視聴できるというわけ。これは実現しているとみなしていいでしょう。映画館でライブ・ビューイングしていますもん。
10.豪華なセット、木などは本物を使います。
セットについては私はよく分からないので割愛させていただく。
11.メークアップの発達。ウルサイ楽屋口はしたまま抜ける
出待ちをしているファンが「アレハ○○さんカシラ 道具方カシラ」とつぶやいているイラストつき。ファンが気づかないレベルの化粧技術ってこと?入りや出についてはもはや宝塚の名物とさえいえるレベル。あれを観たい一見さんもいらっしゃるのだから、これは却下で!
12.立体発声スチールブロマイド
スターの立体写真から歌声が流れる。
・・・正直、これ、いる?
13.古代歌劇展(思い出のスタアの写真などを展示している)
これは、まさしくその通りのものがありますね。「宝塚歌劇の殿堂」というミュージアムみたいなものが、劇場に併設されています。
14.大社交室 ここでは本日の公演のダンス教授と歌唱指導
公演の歌と踊りを本格的に学べるってことだと思います。「ファンにタカラジェンヌの気分を味わってもらう」というのが狙いと考えるならば、趣旨としては衣装が着られて、ヅカメイクをしてもらえるステージスタジオに近いかも。
15.かくて感激の一日は終りぬ。
感激は観劇とかかっているのね。ダブルミーニングってやつですね。ちなみにイラストに登場する宝塚が好きな女の子3人組は、東京から宝塚への直通便(飛行機!)に乗ってやってきて、日帰りの設定です。そこは1泊すりゃいいのに。せっかくなんだからさ。
これが手塚治虫が考える未来の宝塚の姿です。項目によっては現時点で達成されていると思えるものもあるし、こりゃ今や需要がないだろと感じるものもありますね。私がいいなと思ったのは、花の道が大温室になってるってとこだけでした。それ以外は別に惹かれなかったです。項目4と5の意味が重複していることと、項目15は特に意味がないことを考慮して全部で13項目で、達成されているのは、3項目。ってことで70年経った現在の達成率はだいたい20パーセントです。