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とりどり.com

宝塚や本、映画、旅行のことなど。

朝海ひかるの絶望と憂鬱

宝塚

憂鬱を背負った瞳に、光が入る。

「神よ、私は自分が罪深い人間であることは知っていますーーー」

男はふらふらと歩き、背をまるめて両手をじっと見つめる。そして気づく。

「神よ、これがあなたの答えなのか」。

端正な顔が苦しげにもがく。かすかに眉が歪む、その姿すら美しい。眉はすぐに元の位置に戻るが、瞳は相変わらず見開かれており、光を永遠に吸い込んでしまいそうな、ぼんやりとした輝きを湛えている。

ほどなくして、眼に込められた力が一気に抜ける。そうすると彼の瞳から光が消え、再び憂鬱がまといつく。

2001年宝塚雪組公演(バウホール)「アンナ・カレーニナ」で主役のヴィロンスキーを演じた朝海ひかるの見せ場だ。不倫に走り、夫を裏切ったことによる後悔で衰弱していくアンナを前に、情人のヴィロンスキーは何もできない。自分と恋に落ちなければアンナは苦しまずに済んだと悟ったヴィロンスキーが自殺を決意するシーンだ。

 

マイ・ベスト・タカラジェンヌ朝海ひかる(愛称コムちゃん)だ。

新人公演の主演を演じたことがなく、男役2番手をほとんど経験せずにトップスターになった。
1991年に初舞台を踏んだ77期生。ダンサージェンヌとして知られ、同期には花總まり春野寿美礼安蘭けいがいる。本人が「自分は真ん中に立つタイプの人間ではない」と思っていたとあちこちで語っているように、最初からスターとして育てられたわけではない。ターニングポイントとなったのは、1998年・宙組公演「エリザベート」で皇太子・ルドルフを演じたことだ。その公演期間中に雪組へ組み替えし、同期スターの安蘭けい、成瀬こうきとともにトリオ売りで人気をぐんぐんと伸ばしていった。

彼女の男役が私に与えた衝撃は大きかった。ルドルフに代表される、今にも壊れてしまいそうな絶望や憂鬱を背負う姿が本当によく似合った。彼女が演じる男役は、例えばどんなに幸せであってもそれは永遠ではないと観客に連想させる。どんな役を演じてもいつも孤独で、悩ましげで、破滅的で、耽美という言葉がぴったりだ。そしてその魅力は周りをも巻き込んだ。コムちゃんは相手が男役であれ娘役であれ、劇中で近しい存在の役をもれなく負の世界へ引きずり込む蠱惑の力があった。どんなに明るい役であっても、ひたむきな役であっても、朝海ひかると対峙すると陰が感じられるのだ。彼女の存在が与える負の世界観が私はたまらなく好きだった。

あの雰囲気はどこから出てくるのだろう。ふだんのころころと笑う表情を見る限り、もともとの性格がもたらしているものではなさそうだ。取材記事やインタビュー動画を見る限りあっけらかんとしていて、耽美とはほど遠い。ダンサーとして名を馳せた彼女だから、身のこなしに秘密があるのかもしれない。ダンスを踊る姿は驚くほどしなやかだし、足取りも軽い。また、歩き方が少し独特だ。あまりにも滑らかすぎて、重力が感じられない。男役にしては華奢な身体つきも、今に消えてしまいそうな彼女の儚げな姿に一役買っている。にもかかわらず、芯はしっかりとしている。癖のある低い声や涼しげな目元から出されるビームのような目力は男役の強さを引き出す。とにかく彼女はアンバランスなのだ、絶妙に美しいアンバランスさを持っていて、破滅と希望の境界線上を、あの重力を感じさせない身のこなしで歩いてみせる。だから私は目が離せない。視線をそらすとどこかに行ってしまいそうだったから。

2006年の退団公演「タランテラ」のあるシーンで、彼女は銀橋から舞台をまぶしく眺めた。きらきらと輝く舞台上には、大勢の下級生が晴れやかな笑みを浮かべていた。しばらくその舞台を見つめたコムちゃんは、満足げに頷いて銀橋からはける。それを見た瞬間、私はコムちゃんの男役がついに消えてしまうんだと気がついた。私は悲しくもあり、嬉しくもあった。とっても幸せそうな彼女からは、絶望と憂鬱が消えていた。