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とりどり.com

宝塚や本、映画、旅行のことなど。

花總まりは帝劇の女王なのですから

宝塚 舞台

中学2年の冬のことだ。
テスト期間中で昼から家に戻れることになり、ご飯を食べようとカップ焼きそばにお湯を入れて待っていたとき、何気なくテレビをザッピングしたらNHKのBS2(現在はプレミアム)にきらびやかな画面が映った。しかし、お昼のワイドニュース「ザ・ワイド」が大好きだった当時の私はその画面を気に留めることもなくチャンネルを変えようとした。そんなときだった。画面の中央で深紅のドレスを着たフランス人形のような顔立ちの女性が、こちらに向かって「静かになさい」と語りかけた。

 私は手をとめた。女性は、赤い絨毯が敷かれた階段をゆっくり1歩ずつ下り、子どもたちに「パリに行くわよ」と言い聞かせたあとで再び正面を向き、決意を固めたように宣言した。

マリー・アントワネットは、フランスの女王なのですから」。

思わず見とれてしまった。そのシーンが終わり、場面は次に移っていたにも関わらず、私の目には赤いドレスのマリー・アントワネットが鮮明に刻まれたままだ。心を3分前に置きっぱなしにしたまま、時だけが過ぎている感覚を味わった。 
それが、私と宝塚との最初の出会いだ。

2001年の宙組公演「ベルサイユのばら2001・フェルゼンとマリー・アントワネット編」で宝塚を知った私は、続けてテレビで観る機会があった2000年月組公演の「LUNA」を観て真琴つばさに陥落する。どこまでもキザったらしく、ちょっと無愛想で、けどセクシーな流し目を連発する真琴つばさに会いたいと、宝塚の情報を集めまくり(既に彼女は退団していた)、宝塚おとめを入手してぼろぼろになるまで読み込み、1カ月後には見事なヅカファンの仲間入りを果たした。

 宝塚を知れば知るほど、2001年にマリー・アントワネットを演じた花總まりが宝塚内でどのような存在であるかを理解し始める。
 1991年に77期として入団し、星組に所属。研1で「ミーミルちゃん」という超絶かわいい妖精さんの役をゲットし、「あのスタイルの良い子はいったい!?」と注目を集める。雪組へ組み替え後1994年の「風と共に去りぬ」の新人公演では、娘役であるにも関わらずなぜか男役トップスター・一路真輝の演じたスカーレット・オハラに抜擢。同年、娘役トップスターに就任した。
 就任してからは雪組宙組で5人の男役トップスターの相手役を演じる。2006年に退団するまで、娘役トップとして在籍した12年間は他の追随を許さない就任期間だ。その長さゆえ他のファンからは皮肉を込めて「女帝」と呼ばれていたこともあった。マリー・アントワネットエリザベートトゥーランドット額田王、メルトゥイユ、クリスティーヌ、カルメン。演じた役をざっと挙げてみても、どれも当たり役と呼べるものばかり。「女帝」の名に込められた意味は、皮肉に加えていつしか肯定的な要素が含まれていく。

 2006年の退団後、彼女は表舞台から姿を消した。宝塚で15年やったからもう十分だという思いがあったという。辞めてからは元相手役のマネージャ—を務めた。この頃、どんな風に過ごしていたかはあまり語られていない。

 2010年頃から少しずつ舞台へ出演するようになったが、本格的に舞台復帰するきっかけになったのは、2012年エリザベートのガラコンサートに出たことが大きい。ファンから「ここがあなたの生きる場所だ」と言われ、自分ができることは何かと考えて自らの意志で舞台へ帰ってきた。

 彼女の復帰はなんとなく知っていた。しかし2014年、「花總まり東宝エリザベートを演る」という情報が私に届いたとき「いよいよこの時が来たか」とファンでも何でもないのに強く思った。これは観なければ絶対後悔する。一生後悔する。

 花總まりの当たり役は多いがエリザベートは別格だ。初演のエリザベートを成功に導き、宝塚在籍中に同じ役を再び演じた。物語1幕終わりの「鏡の間」では、真っ白で豪華なドレスを身に纏って、これ以上ないほど美しいドヤ顔で階段をゆっくり下りてきた。このときの彼女は、思わずこちらがひれ伏したくなるほどの輝きを放っていた。
 ビデオでさんざん観てきたこのシーンが、生で観られるなんて!!あらゆる方法でチケット争奪戦を勝ち抜いた私は、胸を高まらせながら帝劇へ遠征した。正直、贔屓であった朝海ひかるエリザベートを演じたときよりも緊張した。(あの時はコムちゃんお歌大丈夫かなぁ・・・という妙な緊張感でいっぱいだった) 

 前評判の高さはもちろん知っている。宝塚時代はさして巧いと思ったことがない歌唱技術も、血の滲む努力により地声でなんとかなるレベルまできていると小耳に挟んだ。けど初演から20年が経っている。確か宙組で再演したときに少女期がわざとらしいと小池先生に注意されたんじゃなかったっけ。共演者も一回り年が下の人が多いじゃないか。
 そんなことを思っているうちに幕が上がる。「死」であるトート閣下が舞台の上から黒い羽を背負って下りてくるというぶっとんだ演出に「やっぱりイケコ(小池先生)だ」と安心していると少女のシシィが登場する。ちょっとドタドタした歩き方、おしゃまでお転婆な姿。あぁ、ちゃんと少女だと息をつく。オペラグラスを覗き込む。首もとのシワがあざとく目につく。一瞬20年の月日を感じてしまう。

歌声は想像よりはるかに良い。笑った顔も愛らしい。トートダンサーに囲まれたときの不安げな表情は少女特有の頼りなさを湛えている。

 彼女の演技をひとつずつ確認するように味わっていくと、「私だけに」のシーンへ突入する。歌詞を噛み締めるように歌う、感情を乗せる歌い方はビデオで何度も観た宝塚時代を彷彿とさせる。大きく違うのはやっぱり歌唱力だと思う。こんなに歌える人ではなかったはずだ。1曲の前半部では悲しみの感情、後半部では自分のアイデンティティの確立を明確に歌い分けている。少なくとも2006年までは、1曲の中で成長が生まれる歌い方ができる人ではなかった。シシィの成長と花總まり自身の成長が私の中でダブる。舞台に立っていなかった時代から、復帰して以降の注目のされ方。周囲の期待は大きかっただろう。新聞や雑誌のインタビュー記事から、歌をなんとかしたいという思いは伝わってきた。もちろん今も抜群の歌唱力とはいえない。もっと上手な人は他にもいる。けれどなぜか、こんなにも泣ける。
 物語は1幕の終わりを迎える。いよいよ「鏡の間」だ。 エリザベートが少しずつこちらを振り向く。少女時代のお転婆な姿はない。気品に満ちあふれた王妃が、意志の強そうな目で客席を見つめる。
 私はこのシーンを観るためだけに東京までやってきた。花總まりの鏡の間が観られるのかと思うと、前日は遠足前の子どものように浮かれて眠れなかった。
しかし私が渇望していた「鏡の間」はそこにはなかった。

 彼女は、私の想像や妄想がいかに至らないかを身をもって証明してみせた。立ち居振る舞い、目線の運び方、瞬きの仕方、微笑、スカートのさばき方、そして背後に湛えた彼女自身の生き方。私が求めるものよりもずっと上の「鏡の間」を花總まりはくれたのだ。客席で胸騒ぐ私は、ゆっくり振り返る彼女に「静かになさい」と言われた気がした。14歳のとき、テレビで私を釘付けにしたマリー・アントワネットがふと脳裏に浮かんだ。

純白のドレスを着こなした美しいエリザベートは、優雅な手つきで扇子を翻す。
神々しくて、品格があって当然なのだと私は思った。
だって、花總まりは帝劇の女王なのですから。

 

参考資料

2014年7月朝日新聞夕刊
2015年6月「徹子の部屋
2016年7月中日スポーツ